30代なかば、フクザツなこと

こんばんは。明日に響くとわかってて、ついつい布団から遠ざかろうとするPHTです。

 

眼の前にある仕事に集中していると、達成感ややりがい、自己実現できてる感覚、自分に合ってるのではないか、というポジティブな思いがこみ上げるシーンが、

最近また増えてきているなと感じています。

 

今日久々に平日休みで、家族(子2人)と過ごしていると、思うようにいかないストレスも含めて、「ああ、やっぱりこういう生活いいな」と思うんですよね。

 

時間に縛られずに自分のペース、子どもたちのペースで進むことができること

場所にとらわれず、好きなところに好きなときにいけること、好きなことができること

そういう暮らしをしたいな、と思っています。

 

ただ目の前の仕事が楽しいときは、どうしたら良いのでしょう?

勤め人だと就業時間は決められてはいるし、仕事の性質上、顧客に会いに行ったりチームメンバーとコミュニケーションをとったり、社内で根回しをしたり・・・

というのは、オフィスに出勤して、通勤できる範囲内に住むのが、仕事のためにはベターだと思う。

 

が、自分や、家族がなりたい将来の姿を思い浮かべたときに、

今の暮らしはその姿に向かっているものだろうか?

必ずしもそうではないな、真っ直ぐには向かっていないな、と感じました。

 

となると、どこかで環境を変えたほうが良いのだとは思うし、

自身を変えるような動きを続けなければならない。

とふと思った夜でした。

8720と2000

2000時間。

 

皆さんはこの数字が何の意味するのか分かりますか?


12で割ってみて下さい。

それは1月あたりの労働時間です。

つまり2000時間と言うのは我々が会社に来て働く時間と言うことです。

もっと言うと〇〇の自分として過ごす時間とも言えます。


では次に8720時間は何でしょうか。

8720を365で割ってみてください。24ですね。

つまり1日の時間です。

1年と言うのは8720時間を意味します。


我々が働いている時間と言うのは1年間のうちどの程度のものなのでしょうか?


2000 ÷ 8720 =およそ23%です。


つまり仕事とは人生そのものだ、と言った言葉も聞いたことありますが、実は仕事している時間と言うのは人生において2割から3割程度のものでしかないんですね。


それ以外の時間は、寝て、食べて、子育てして、遊んでるんです。そう考えると極論言えば仕事なんてどうでもいいとも思えますよね。

 

3割の仕事に集中して生産性を上げ、7割のライフ(人生(閉じるを充実させることに一生懸命になる。自分が正し、楽しいと思うことを精一杯やり切ると言うこと。これこそが人生を楽しむ上で大切なのではないでしょうか。

 

私は、仕事を通じて本当に多くのことを学んできたと思いますし、成長もさせてもらったと感じています。

なので働くことを止める、ということはまだまだ無いと思いますが、生産性を上げ、自身の提供価値を上げ続けたいという思いは、枯れずに持ち続けたいなと思います。

 

 

 

ストックとフロー

皆さんはなぜサラリーマンと言う職業人生を選択したんでしょうか?

私は安定しているというのが1つの大きな理由でした。


確かに、毎月決まった給料が振り込まれてきます。

休みも週2日、年休も20日、確実に取得できます。

仕事も与えられたことをこなしてさえいれば、一定の評価を受けられます。

私自身、これまで大きな異動もなかったので、働く場所も安定しています。


が、しかしサラリーマンは本当に安定しているのでしょうか?


ストックとフローという言葉があります。

ストックとは、蓄え。たとえば貯金や過去の経歴。

フローとは、流れ。その時々に形を変えるもの、価値を生み出し続ける力、のようなものだと考えます。


皆さんはサラリーマンはどちらに該当すると思いますか?

 

サラリーマンとは、ストックなんだと思っていました。

しかし、コロナの影響で、これはどう変わったでしょうか?


給料は今も毎月振り込まれていますが、ボーナスや月給の一部カットがあります。

休みも、年休ではなく、休業と言う形に変わっています。つまり働きたくても働けないと言う状況です。

働く場所もオフィスだけではなく自宅あるいは訳ションといった様々な場所で働く選択肢が生まれました。

さらには一緒に働いてきた仲間が、会社の都合で、会社を去ると言った経験をわれわれはしてきました。


つまりサラリーマンは安定している、と言うのは少なくとも今の状況見れば、必ずしも安定しているものとは言えないと思います。


つまりサラリーマンとはストックではなくフローなのです。


その中で自分の人生をより良いものにするためには、今何をしたら良いのでしょうか?


それは時間のある今だからこそ、点を多く打つと言う事だと私は考えます。


点を打つと言うのは、興味のあること、やってみたいと思っていること、何でもいいと思います、考えを行動に移すと言うこと、何かを始めてみると言う事です。


副業でもいいと思います。

転職でもいいと思います。

投資でもいいと思います。

企業でもいいと思います。

資格取得でもいいと思います。

好きな勉強するでもいいと思います。


まずは何かをやってみる、手を打つことから始めるのがいいのではないでしょうか。


点を多く打てば時間がきっと点と点を結んでくれて、きっと1つの線になると私は考えています。


さぁ、今日あなたはどんな点をうちますか?

 

給料カットから思うこと

旅行代理店は、言うまでもなくこのコロナの影響で生き残りをかけて必死。

私の勤務先も例外ではなく、ニュースなどでは銀行融資がどうだとか見たりもするけど、身近なところでは派遣社員との契約更新ストップ、契約社員の契約満了による退職。40歳以上社員を対象とした希望退職募集、店舗の閉鎖、従業員の給与抑制。

 

特に給与については、

残業原則禁止に伴い残業代がなくなる。(その分、自分の時間が増えたのでこれはむしろありがたかった)

出張、添乗の消失による、各日当消失(まとまった額のお小遣いとして、アテにしている社員は少なくないはず)

昨冬からのボーナスカット。(今年度夏冬、来年度夏まで計4回は、少なくともゼロなんだろうな・・・)

基本給の一律カット。(今年度から基本給に対して一定割合が削減。)

と、いい話がとても少ない。

 

なぜコロナ禍で、給料が減っているのか?

それは、提供している価値が低いから。これ明らか。

価値は、強みから発揮されるものだと思う。

旅行代理店の大きな強みは、オンラインではなく、コッテコテの「リアル」体験をアレンジするからこそ活かされるもの。

その強みを発揮できる機会がそもそも無いのだから、そりゃ提供価値は低下するし、社会におけるプレゼンスも上がっていかないよね。と、理解できる。

 

「今年は生き残りをかけて何がなんでも予算いくんじゃー!」とか言っても、具体的なビジョン、戦略が無ければ無理ゲーなわけで。でもそんな無理ゲーを、会社を支える立場の人たち、具体的には現場の課長や部長、本社のエライとされている人たちは、強制参加させられているように見えるのだが、一体どう思ってるんだろう?

見える範囲の50前後のおじさんたちは、のうのうとやっているような、モチベーションが下がっているような。おもしろいのかな、仕事も含めた人生、いま。

 

右肩上がりで成果を残してきた(残せた)時代→「やりがいある仕事、今の自分いいやん!」

子供が生まれて、そんな自分、環境、価値観に疑問を抱いた時代→「このままでいいのか?」

そこで3ヶ月の育休取得。離れてみて感じたのは、「今の環境、恵まれてるやん。いいところあるやん」というもの。仕事に対する価値観の変化から、週4勤務、在宅勤務、残業無しを実現したいと思っていた。

復帰した矢先にコロナの打撃。目先の仕事はどんどんなくなる(実際には敗戦処理みたいな仕事もあるのでゼロではない)。休業もあり結果的には週3〜4日勤務で回せてしまった。一方で仕事のありがたみを感じた。

そんな時間も2年目に入り、今。自分に問い直す。どうありたいのか?

悶々と悩むゴールデンウィーク

 

テープおむつ

先日実家に帰っているときに、2歳の子どものために、おむつを買った。

いつもはパンツタイプだったのに、間違えてテープタイプを買ってしまった。痛恨のミス。

買い直しに行くことも考えたが、子どもに試しにはいてもらったところ、悪くない反応。

自宅に帰ってきてからパンツタイプをはかせようと持ってきたら、テープじゃないとお気に召さないらしい。

 

というわけでそれから今日に至るまではや3日、テープタイプを装着する子ども。

おむつを替えるときのこのノスタルジーは何だろう。なんとも言い難い、懐かしいこの感じ。

そうか。生まれてすぐの時のこと、ことばも話せないけど顔を覗きこむとニコッとしてくれた乳児の頃を思い出していたのか。

あの時はその笑顔を見れるだけで、幸せな気持ちになれたな。

連休で子供たちとつきっきりな日々に充実感はありつつもどこか疲れていたけれど、

テープおむつのおかげで、なんだか優しい気持ちになれた。

 

ライフワークバランス

出口治明さんの「知的生産術」を読んだ。

 

働いている時間を考えてみる。

 

7.5時間×5日×4週×12ヶ月=1800時間

育休前は、残業もしていた。多い時は320〜30時間くらいだっただろうか。

実際には年休を取っていたり、あるいは代無出勤もあったから、正確ではないだろうけど、おおよその年間の労働時間は、1800+320=2120時間。

 

1年は、24時間×365日=8760時間。

 

つまり働いている時間は、2120÷8760≒0.24

すなわち人生の24%でしかないということ。

それ以外の時間、人生の7〜8割は、仕事以外のことをしているわけで。

 

となると仕事第一!仕事こそ人生だ!トコトン!死ぬ気で!

みたいなのは、心身を摩耗させるデメリットの方が大きい気がするな。

 

仕事を通じて得られるやりがいや達成感、喜びは確かに大きい。仲間と勝ち取った成功体験は、何物にも代え難い。

 

だがしかし、家族ができて、守りたい存在が増えたときに、価値観がガラッと変わったように思う。

 

そこにコロナ。自身の価値観が変わりつつあるときのこの衝撃は相当大きいみたいだ。

 

自分がこれから手に入れたいものも変わってきているように感じる。

具体的に何か、優先順位は日々考えながら、悶々と過ごしながら、その一方で小さく本当に小さくではあるけれど、動きながら過ごしている。

 

そしてそう遠くない未来、大きく動き出せると思っている。

 

hey Siri

実家帰省。

久々に家族全員集合。

楽しい昼ごはん。酒も入り盛り上がる。

 

子どもがスマートウォッチでSiriに質問。
子:「hey Siri 明日の天気を教えてください」
Siri:「アナルファックは…」以下略。


なぜそうなる。